G-FTB5DFYZ60

ヘッダー

ゴルバチョフとプーチンの師匠アンドロポフ

1982年11月12日、ユーリ・アンドロポフがソ連共産党中央委員会書記長に就任しました。半年ほど前からレオニード・ブレジネフ書記長の健康不安が取り沙汰され始めており、後任が誰となるかは日本でも関心を集めていました。当時最有力とされていたのはブレジネフの側近コンスタンティン・チェルネンコで、対抗馬として軍の後ろ盾を得ていたのがアンドロポフと報道されていました。そのためチェルネンコならばブレジネフ路線を踏襲するため大きな変化はないが、アンドロポフはKGBのトップだった経歴からも西側に対して強硬路線を取るのではないかという懸念が指摘されていた記憶があります。

もちろん海外に伝わるソ連内の情報は限られており指導者たちの素顔もベールに包まれていましたが、メディアに掲載されたアンドロポフの写真を見ても、その面貌はいかにも長くKGB議長を務めたに相応しい威厳と迫力を持ち、狡猾かつ冷酷な辣腕政治家という印象でしたね。西側である日本に生まれた少年にとってKGBは映画「007シリーズ」におけるスペクターのような存在で悪の権化と思っていましたから、そのトップだった人物がソ連という超大国の最高指導者となることに恐れを抱きながらも、いっぽうで畏敬の念を覚えたのも事実です。

そもそもKGB議長が政治局入りすること自体、53年に粛清されたラヴレンチー・ベリヤ以来禁止されており、これは秘密警察を党の統制下に置くためです(国防相も同様)その不文律を破ってまで党の中枢に参画し、短期間でトップを目指す位置にまで登るというのは驚くべきことです。KGB議長としての実績とブレジネフの引き立てがあったとしても政治局においては外様に過ぎず、支持基盤は弱かったはずですからね。しかも党員の汚職を嫌う彼は政治局入り以前から摘発に熱心であり、これは守旧派の反感を買うであろうことも想像できますから政敵も多かったでしょう。これらを考えると秘密警察の長にとどまらない類稀な政治力を持ち合わせていたと言えるのではないでしょうか。

しかし、書記長就任後公の場に現れた姿を見て愕然とした記憶があります。ただの老人だったのです。写真から感じた威圧感の欠片もなく、大丈夫かと心配になるほどでした。すでに健康状態に問題があるのは一目瞭然でしたね。就任から一年を経ずして姿を見せることはなくなり、その政権は短命に終わるのです。

余命があまりにも短く、その辣腕ぶりを十分発揮できずじまいだったので、彼がどのような国家像を考えていたのかは判然としません。ただ書記長就任後すぐさま人事に手を付け旧ブレジネフ派の追い落としにかかって意に沿う人物を積極的に登用し始め、その中にはミハイル・ゴルバチョフも含まれます。ゴルバチョフにとってアンドロポフは同郷の先輩かつ最大の庇護者であり、その薫陶を受けて立身したのは紛れもない事実ですから、後年のペレストロイカグラスノスチもアンドロポフから見て行き過ぎた改革だったとは思えません。少なくともアフガニスタン侵攻で疲弊した経済を立て直すには、汚職と腐敗にまみれ硬直化した党の体質を刷新して労働規律を強化するのが先決と考えていたのは確かで、その点では紛れもなく改革派だったと言えます。元KGB議長という強面な肩書と裏腹に、時代の変化に対応しなければソ連は崩壊するという危機感が彼の足跡をたどると感じられ、それは役職上西側の内情に精通していたことがもたらしたのかもしれません。

現在のロシアでは、ゴルバチョフはソ連解体の元凶とされて人気は低いようです。いっぽうでKGB職員だったウラジミル・プーチンが、当時トップであったアンドロポフへの尊敬を隠そうとしないことから考えると人気は高いと思われます。しかしアンドロポフの寿命があと5年10年長かったとしても、プーチンのような強権独裁を狙うことはなかったでしょう。彼の豪腕をもってしても当時のソ連を急速に立て直すことは至難の業であり、その命題は後継者に指名していたゴルバチョフに引き継がれたはずですから。もっともソ連の解体までは予測できず、また望んでもいなかったでしょうね。

トップにいた期間があまりにも短く健康にも問題を抱えていたため、歴代書記長の中でも何もしなかった(あるいはできなかった)と評されることも多いアンドロポフですが、その経歴と後世に与えた影響を考えると決してそんなことはなく、むしろプーチンに勝るとも劣らないほどのカリスマ的指導者だったのではないかと思います。

La doktrino de Karlo Markso kaj kelkaj aspektoj de la socialismo konstruado en la USSR【電子書籍】[ Jurij N. Andropov ]価格:567円
(2023/11/12 09:23時点)
感想(0件)

現代

Posted by hiro