真夏の夜の死闘
いよいよ世界陸上が始まりました。記念すべき第一回大会で颯爽と世界の檜舞台に登場したカール・ルイスは私の学生時代、世界で知らない者はいない真のスーパースターでした。ヒューストン大在学時から短距離走と走幅跳で類稀な才能を発揮し、ジェシー・オーエンスの再来と目されていました。
1983年ヘルシンキで行われた第一回世界陸上で、直前に100mの世界記録を更新したばかりのカルヴィン・スミスに快勝、第一人者の地位を揺るぎないものにすると翌年のロサンゼルス五輪でも圧勝、走幅跳を含めた4冠に輝きます。この頃が彼の絶頂期で、その後短距離走ではライバルが次々と出現して常勝とはいかなくなります。
今でこそ人類最速の男はウサイン・ボルトなのは間違いなく、それを否定する気はありませんが、走りの美しさではルイスの右に出る者はないと断言できます。走幅跳では助走の美しさはそのままに、踏切後の空中姿勢も他の追随を許さないものでした。そのスピードを最大限に生かした跳躍にも拘らず、誰よりも高く跳んでいると思わせる空中遊泳のような「はさみ跳び」は着地で乱れることがほとんどなく常に同じ姿勢でした。一連の動きは本当に見惚れてしまうほどで、美しいものが大好きな私には堪らないものだったのです。
迎えた1991年東京での世界陸上、巷間の注目は100mでのルイスとリロイ・バレルとの対決に集まっていましたが、ルイスはすでに峠を越えていて直前に世界記録を更新したバレルが有利と思われていました。それでも私は同僚との勝負でルイスの勝ちを予想し、見事焼き鳥屋でのただ酒をせしめたのです。
そんなこともあって走幅跳でのルイスの勝ちを疑っていませんでした。何しろ10年以上無敗、65連勝中なのですから。確かにマイク・パウエルはこの時点でルイスを脅かせる唯一の存在だったでしょうが、私はライバルとさえ認識していなかったのです。つまり引き立て役に過ぎず、パウエルに負けるなどありえないと…
決勝でルイスは出だしから好記録を連発します。私は彼の勝ちを信じて疑わず、焦点は不滅とされたボブ・ビーモンの世界記録更新がなるかどうかの一点に絞っていました。パウエルが従来の「反り跳び」から「はさみ跳び」に変えて臨んでいることなど、全く歯牙にかけていなかったのです。パウエルが4回目であわやという大ジャンプを見せた時にも、それがファウルになったことで勝敗は決したと考えていました。おそらく全身全霊を賭けたと思われるジャンプを続けることはできないと。ルイスがすぐさま追い風参考ながらビーモンの記録を上回った時、それは確信になったのです。ところが…
パウエルがやっちゃったのです。驚天動地とはこのことかと思うほど、信じられなかったです。まさかパウエルが世界新記録なんて… ルイスも同じ思いだったでしょう。異様にこわばった表情が忘れられません。明らかに困惑と動揺が見て取れました。
ルイス自身の思惑は別として、まだ私はこれは序章に過ぎない、パウエルになど負けるはずはなくドラマの完成へのお膳立てが整っただけだと考えていました。これはおそらく私だけでなく大多数の思いだったのではないでしょうか。それほどルイスが走幅跳で敗れる姿など想像できなかったのです。
今現在パウエルの世界記録は破られていません。この大会での彼の偉業は称賛されるべきものですが、最強のロングジャンパーの称号はやはりルイスのものでしょう。80年代の彼は「強いアメリカ」の象徴でもあり、地球上で最も身体能力に恵まれたアスリートと衆目は一致していましたし、私もボー・ジャクソンの登場以前はそう考えていました。アメリカの凋落に反して最後まで勝者であり続けた彼は、やはり不世出の存在だったと思います。
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