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ジャンヌ・ダルク vs ヘンリー5世

5月30日はジャンヌ・ダルクが刑死した日です。フランス救国のヒロインとして今でも崇敬される彼女は様々な作品の主題になってきました。よく映画で描写される卓越した軍事指揮能力が本当にあったのかは歴史的な論議の的で、彼女は兵士を鼓舞する「チアリーダー」的存在だったとする説もあります。しかし彼女の登場以降戦局が劇的に変化したのは事実であり、これは彼女が神の声を聴いたと周囲に信じさせるに足る何らかの能力を持っていたことを示唆します。その都度神の啓示を受け神の命じるままに戦っただけなのか、天賦の才を持っていたのかは分かりませんが、女性であることはもちろん農民であることでそれを否定するのは論外です。豊臣秀吉や朱元璋も農民出身ですからね。

私はサンドリーヌ・ボネールがジャンヌを演じた映画『ジャンヌ』が好きです。一言で表すと静謐。演出も華美に走らず全てにおいて地味です。戦闘シーンも万単位の大軍が激突する派手なものではなく、より実際に近いと思われる描かれ方で非常にリアリティーを感じます。大好きなイングリッド・バーグマンもジャンヌを演じていますが、彼女は美しすぎてしっくりきません。神の啓示を受けたなど戯言だろうと思わせるには余りにも神々しいのです。

ジャンヌがオルレアン包囲戦に華々しく登場したのは1429年。当時の実質的なイングランドの指導者は摂政ベッドフォード公ジョン・オブ・ランカスターで、彼の兄こそアジャンクールの戦いで有名なヘンリー5世。アキテーヌに加えてフランス北半を領するのみならず、王位継承権まで手中にして百年戦争でのイングランド最盛期を現出した王です。私が歴代イングランド王(イギリスを含めて)で最も傑出していたと評価する彼が34歳で病死したのが1422年。ジャンヌが現れる僅か7年前です。もうお判りでしょう。もしジャンヌとヘンリー5世が対決していたらどうなっていたかを私が空想することを…

ベッドフォード公ジョンはジャンヌに敗れたとはいえ、軍人としても政治家としても優秀な人物です。ヘンリーもジャンヌには苦杯を喫することになったのか?

結論から言うと、これは起こりえなかったと思います。肩透かしを食らわすようですが、もしヘンリーが長命なら早い段階でオルレアンは陥落していた、つまりジャンヌの出る幕がなかったのです。ヘンリーのカリスマは後の薔薇戦争に繋がる貴族間の勢力争いを封じ、大同団結してフランス全土の掌握へと向かわせたでしょう。古のアンジュ―帝国を上回る空前の領域を支配する同君連合が誕生した可能性大です。

しかし彼の後継者が精神疾患を抱えるヘンリー6世である以上、薔薇戦争は必ず起きて大陸に積極的な関与ができなくなるのは確かです。独立を目指す勢力が好機とばかり勢いづいて失地を回復していくでしょう。この時期に神の声はジャンヌではない別の娘が聴くことになったかもしれません。泥沼のユグノー戦争は、フランス人が国土回復に傾注している間には発生しなかったのではないでしょうか。

イングランドのフランス全土制圧はヘンリー5世によってのみ可能で、彼が志半ばで斃れたことがジャンヌ・ダルクに神の啓示を与えた。ヘンリーの早すぎる死もまた神の思し召しだったと思うのです。

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中世

Posted by hiro