氷上の奇跡
1980年2月22日、レークプラシッド冬季五輪男子アイスホッケー決勝ラウンドにおいて、アメリカがソ連を4対3で破りました。歴史的番狂わせとして氷上の奇跡と呼ばれる試合です。この後アメリカはフィンランドを下し、この種目初の金メダルを獲得することになります。
ミラノ・コルティナ五輪では日本勢のメダルラッシュが話題ですが、この試合でのアメリカの勝利は、今まで私が見てきた全ての五輪において最も興奮かつ感動した場面といっても過言ではありません。アメリカ大好き少年だった私にとってソ連は「悪の権化」そのものであり、平和を脅かす存在として忌み嫌っていました。折しも前年12月に起こったアフガニスタン侵攻によってソ連への非難が集中していた時期です。米ソデタントの進展による緊張緩和の流れに水を差し、世界大戦への危険を高めたことを憎悪していたのです。
また当時のソ連は世界最強を謳われていました。実質的にプロ選手と変わらないステートアマであるソ連代表は国際大会での圧倒的な実績を誇っており、五輪に不参加のカナダ代表でも及ばないと考えられていました。実際この数年前に日本でソ連対カナダの対戦が世界最強戦という触れ込みで行われたことがありますが、ソ連の完勝に終わっています。この時のカナダチームが選抜メンバーだったのか単独チームだったかは記憶していませんが、スーパースターボビー・ハルが大いに注目されていたのでプロだったのは間違いないところです。個人技に優れフィジカルの強いプロ選手が、ヘルメットを着用せず前歯を欠いていることを誇るかのように氷上を闊歩して肉弾戦を繰り広げることに憧憬していた私にとっては悔しい結果だったのです。プロの参加が認められていなかった時代ですからアメリカ代表は大学生の選抜チームであり、互角に戦えるとは思えませんでした。これは私に限ったことではなく、アメリカの勝利を予想した人は皆無だったのではないでしょうか。
試合は手に汗握る熱戦の末、歴史に残る番狂わせとなりました。その原因をソ連チームの準備不足、つまり相手を嘗めていたことに求める声がありますが、そんなことはないでしょう。アメリカもプロが参加せずとも常にメダル候補の一角ではあり、しかも自国開催ともなれば尋常な気合の入れ方でないのは予想できることです。私は時節が味方したことが最大の要因と考えます。熱狂的な観客の応援にソ連を悪とする世相が相乗効果を生んで選手を後押しし、持てるパフォーマンスの100%以上を発揮したということでしょう。
最たる例がゴーリーのジム・クレイグで、アメリカが放った3倍近いシュートを雨霰のように浴びながら好セーブを連発したクレイグは、NHLでは控えにとどまりました。この日のために生まれてきたかのような彼のプレーは所謂ゾーンに入っていたに違いありません。
スポーツにおいて大きな期待がプレッシャーとなって結果を出せないこともままありますが、観客と選手が一体となって偉業を達成した瞬間は長く語り継がれる名場面になります。その希少な瞬間に立ち会えることこそ感動であり、スポーツの最大の魅力です。
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