逃した大魚?
私が自動車教習所に通っていたときのことです。順番待ちをしていると、ある女性が目に留まりました。黒髪のワンレン、色白で遠目にも目鼻立ちがくっきり整っているのがわかります。鮮やかなオレンジのTシャツと、タイトなジーンズがプロポーションの良さを際立たせていました。年上なのは間違いなく、イイ女だなぁ~と脳裏に焼き付いたのです。その後何度か見かける機会がありました。どうやら連れ立ってでなく、一人で通っているようでしたがどうするわけでもなく、胸をときめかせながら見て見ぬふりをしていたものです。大人の女性に対する憧れはあったのですが、いきなり声をかける勇気はなかったのです。
このまま彼女との接点はなく終わるものと思って迎えた卒業検定の日、思いがけないことが起こりました。なんと教習者に同乗したのが彼女だったのです! 嬉しかったですが状況が状況ですからね。彼女に気を取られて大きな失敗でもしたら元も子もありません。なんとか二人とも問題なくクリアできましたが会話らしい会話をするわけでもなく別れることになります。
その夜私は自問自答しました。目的は免許を取ることですから、卒業検定で彼女と一緒だったことは良い思い出で所謂付加価値と割り切るべきでしょう。しかしそれでいいのか? 数多いる受験生の中から彼女とペアになるなど、望んで叶うものではありません。このまま終わらせたくないという思いが高じたものの、いったいどうするか悩んだ末に下した決断を、翌日実行に移すことにしたのです。
私は教習所を訪ねて受付で「昨日検定で一緒だった女性に金を貸したのだが、連絡先を聞きそびれたので教えてくれないか」と言い放ったのです! 今なら完全にアウトですが、何事も比較にならないほど緩い時代です。その教官は「そんな簡単に貸したりしちゃだめだよ」と言いながらも電話番号を教えてくれたのです! こんなにうまくいくとは思っていなかったので小躍りしましたが、まだハードルが待っています。勿論ここまできて電話しない手はないので、運転免許試験場での学科試験に御一緒しませんかと誘うことにしました。結果は… 大成功でした。さすがにビックリはしていましたが、どうやって連絡先を知ったかの顛末も正直に話したところ、ケラケラ笑って受け流し、二俣川に同伴することになったのです。
当日ウキウキしている私をさらに喜ばせるようなことが起きました。なんと彼女はお弁当を作ってきてくれたのです! これはトントン拍子に発展すると確信したのですが、そうはならなかったのです。試験はともに合格したので本末転倒となったわけではありません。会話の細部は記憶していませんが、彼女の実家が同区内で店を営んでいることと自身はモデルをやっていることを知ったのです。なるほど彼女の美貌をもってすれば全然意外な話ではないですが、その事実に気圧されたというか腰が引けてしまったんですよね。そんな業界に身を置いていれば口説いてくる男は引きも切らないでしょうし、様々な誘惑もあるでしょう。高嶺の花だったか…と決めつけてしまったような気がします。モデルといっても気さくでお高くとまったようなところは全くなく、近所の綺麗なお姉さん的雰囲気だったのにかかわらずです。お弁当のお礼もすべきところですから帰りに飲みに誘えばいいのにせず、こちらの連絡先すら教えずに別れたのです。
今考えると失礼な話ですよね。彼女は私が非常識と思える手段を使ったことを怒りもせず同伴してくれたうえ、お弁当まで作ってくれるなど明らかに好印象の表われです。それなのに突然掌返ししたかのような去り方で、あれはいったい何だったのか? と訝しかったことでしょう。勿論彼女は全く悪くなく、私の性格が自滅をもたらしただけです。冷静沈着なのに不安定、大胆不敵なのに臆病、思慮深いのに直情径行、一本気なのに優柔不断、計画的なのに行き当たりばったり、利口で馬鹿という相反する要素の一方がシチュエーションごとに頭をもたげる複雑さは、年を重ねても改まることがないんですよね。成長していないのか、人間の本質はそう簡単には変わらないということなのかわかりません。
その後のことですが、半年くらい経ってからだったかな? たしか東横線だったと思いますが、吊革につかまった私がふと見上げた先の広告に、艶やかな着物を纏ったモデルさんが登場していました。何の広告だったかは覚えていません。あれっと思い目を凝らして見たところ、それは彼女でした。感慨深いものがありましたが、モデルとしての彼女を見たのはそれが最初で最後となりました。というわけで彼女の記憶は遠い遠い過去のものとなっていったのです。
私が10年ほど横浜を離れてから戻ってきたとき、新居が彼女の実家近くであることに気付きました。町名しか聞いていなかったので探すつもりはなかったのですが、近所を歩いているうちに見つけてしまったんですよね。表札が掛かっていたわけではないですが、ちょっと珍しい業態というか町内に同業者がいるとは思えないので間違いないでしょう。入ってみようかと考えたこともありますが、店先が解放されておらず通りがかりを装うことができないので諦めました。まあ嫁に行っていればいないでしょうしね。その店も最近になって閉めてしまったようで、なんとなく寂しいものがあります。
私の性格は一言で言い表すことができず未だに理解不能なものがありますが、人生における様々な選択を後悔したことはありません。常にそのときはそうすべきと自分で判断した道を歩んできたつもりです。しかし、こと女性に関しては別なんですよね。あのとき違う選択をしていたらどうなっていただろうと思うことがままあります。彼女の場合ルックス的に今まで出会った中でも最上級でしたし、一目惚れと言っていいのは他に一人だけです。なにより出会いとその後のプロセスを考えると、なんであそこで引いてしまったのか理解に苦しみます。自分も音楽で身を立てようとしていたのですから、モデルの彼女がいたら業界に違った人脈を築ける可能性大ですしね。どうしてそこに思い至らなかったのか… 枝葉末節とはこのことでしょう。それを考えると彼女は逃した最大の大魚だったかもしれません。
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