風刺の天才ブリューゲル
9月9日は私が好きな画家の一人、ピーテル・ブリューゲルの命日です。彼は一般に農民画家として知られていますが、これは必ずしも農民出身だったことを示すものではありません。彼の出自は明らかではないですが、少なくとも農民に近い目線で描いたのは明らかでしょう。また諺や寓話を主題にした作品が多いのも特徴ですね。一方で肖像画を殆ど残していないのは特異です。彼の作品は生前に高い評価を得ており、最も裕福なコレクター(ハプスブルク家のような)しか手が出せなかったのですが、この時代は有力なパトロンを掴んで肖像画を描き、評判を高めて宮廷画家に上り詰めるというのが画家のエリートコースでしたからね。風景画や風俗画だけでそれほどの評価を得るのは当時異例といえるでしょう。
彼の作風はアントウェルペン在住時代とブリュッセル在住時代で分けられると思います。20代前半にイタリアを旅行していますが、それによって作風が大きく変化したようには見えません。最新のイタリア絵画に触れるのが当時の若い画家にとって至極当然の欲求であり、啓発されて劇的に変わることも少なくありませんが、特に影響を受けやすい人物描写においてルネサンス絵画に触れたことでの変化はその後も感じないのです。これは彼が肖像画を手掛けなかった(或いは好まなかった)ことに繋がるような気がします。
アントウェルペン時代とブリュッセル時代の違いは、銅版画から油彩画へ、風景画から風俗画へということでしょう。もちろん初期の代表作である「ネーデルラントの諺」や「子供の遊戯」は風俗画ですが、後期の作品のように特定の人物をクローズアップすることなく、まるでカタログのように人物を細密に描いて詰め込んでいます。また、このような構図は銅版画によく見られるものでもあります。「雪中の狩人」で有名な月暦画連作が前期作品の集大成と思われ、その直前に「悪女フリート」のようなヒエロニムス・ボスの影響が色濃い得体の知れない怪物が登場するグロテスクな作品を残しています。
彼の作品を見て思うのは当時のネーデルラントの情勢です。スペインの圧政に対する抵抗運動が激しさを増し、これにプロテスタントの普及が絡んで宗教戦争の様相を帯びて八十年戦争として爆発するわけです。こうした社会情勢の不安が現世に対する諦念、神に対する不信から庶民が目先の欲求に走って弱者を顧みない風潮を助長しブリューゲルは寄り添うというよりは寧ろ、憐れみながらも救済しようがない者たちだと冷めた目で描いていたような気がするのです。
私が彼を最も高く評価するのはユーモアのセンスです。これはどの時代の作品にも共通することで、つぶさに見ていると思わず笑いたくなるような比喩や暗示が至る所にちりばめられています。その多くは庶民の無知さ、無邪気さ、愚かさを示唆するものですが… 僅か10年ほどの活動期間に数々の傑作を残した彼は、絵画史上最高の風刺の天才と思います。
それにしても「ネーデルラントの諺」や「子供の遊戯」を見ていると何だか微笑ましくなりますね。どちらも名称や細部の違いはあっても日本とほぼ変わりません。諺や遊びは万国共通だと思うとやはり、民族の違いがあってももっと仲良くできないものかと考えさせられます。
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