守旧派にして新時代の開拓者 アングル
1月14日は私がもっとも好きな画家、ジャン=オーギュスト=ドミニク・アングルの命日です。私とアングルの絵画との出会いは小学生のころに遡ります。父が買ってくれた平凡社『世界大百科事典』で彼の作品を数点紹介したカラー図版の冒頭丸々1ページを割いていたのが『泉』だったのです。一目で魅せられました。なんて美しいんだと… 女性の体が美しいものだと認識したのはこの時が初めてで、『ミロのヴィーナス』を見ても起きなかった何とも言えない感情の高ぶりを覚えたものです。思えば私の思春期は、この瞬間始まったと言っても良いでしょう。私にとってアングルとの出会いは、それほど鮮烈で忘れられないものなのです。
美術史上アングルは新古典主義の巨匠という位置づけですが、これには祭り上げられた側面があります。確かに彼は新古典主義の全盛期を築いたジャック=ルイ・ダヴィッドのお気に入りであり、ローマ賞を得てイタリアへ留学した若手のホープでしたが、前半生においてサロンに出品した作品はことごとく酷評されて芸術アカデミーの期待を裏切っていました。これはすでに彼の作風が新古典主義の枠に収まりきるものではなかったことを示しています。時を同じくしてウジェーヌ・ドラクロワに代表されるロマン主義が勢いを増し、新古典主義が支配していたアカデミーにはダヴィッド亡命後対抗できるリーダーがおらず危機感を強めていました。そんな中1824年のサロンに出品した『ルイ13世の誓願』が絶賛され、新古典主義最後の砦となったわけです。
彼の画風は多種多様で主題ごとに明確な意図をもって変えているように感じます。宗教画においては盛期ルネサンス、特にラファエロ・サンティの影響が顕著ですが、肖像画での冷徹なまでの写実性は初期フランドル絵画を彷彿とさせます。彼の肖像画は概して平面的な印象を受けますが、鏡などの背景に映り込むモデルを精緻に描くことで奥行き感を持たせています。また光の効果を活用するところはヨハネス・フェルメール的でもあります。
しかし86年の長い生涯で共通するのは女性の裸体美に対する飽くなき追及でしょう。絵画史上類稀なデッサン力を持ちながら、究極の線と形の美のためには人体を不自然なほどデフォルメしてしまう。これこそが彼を絵画史上燦然と輝く巨人たらしめています。新古典主義は彼を最後に衰退して色彩こそ重要とするロマン主義の影響が色濃い印象主義の時代に移ることになり、そういう意味では敗北したのかもしれません。しかし、その後のポスト印象主義やキュビズム、現代美術にまで計り知れない影響を与えた事実は、彼が守旧派でありながら誰よりも革新的であったことを示しています。
余談ですが、『世界大百科事典』は私が横浜を離れてからも実家にありました。ガサがはりますからね。そのうち実家を建て替えることになり、大事なものは事前に持ち出すよう言われていたのですが、忙しさにかまけてぞんざいに対処してしまったのです。せめて『泉』のページだけでも切り取っておくべきだったと後悔しましたが後の祭り… 悲しい別れとなりましたが、程なく思わぬ再会を果たしたのです。
2002年に横浜美術館で開催された「チャルトリスキ・コレクション展」をレオナルド・ダ・ヴィンチの『白貂を抱く貴婦人』目当てで見に行ったとき、思いがけず『泉』が展示されていたのです! 感無量でした。まさかここで会えるとは夢にも思ってなかったですからね。こんなに小さい作品だったのかとは思いましたが、混雑の中あまり粘っているわけにもいかず解説を精読はできませんでした。ただ、オルセー美術館所蔵のはずですから疑問を抱いて後日調べたところ、163cm×80cmの大作です。あの『泉』は何だったんだろうと今でも思うのです。まさか贋作ではあるまいし、ヴァリアントがポーランドにあったということなのか? このあたりは謎ですが、私が横浜美術館で『泉』と再会したのは紛れもない事実です。
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