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桶狭間後の今川義元 その8

事実上の天下人となった今川義元には、やはり慢心があったのでしょう。もはや自分に正面切って刃向かう敵はいないと。しかし武田信玄と北条氏康は、どちらか一方だけでも敵に回すと一筋縄ではいかない相手です。その二人が合力して敵対するとは想定外であり、それは即ち彼の油断だったと言わざるを得ません。この時ほど太原雪斎の存在がいかに大きかったか思い知ったことでしょう。

西光寺の戦い
北条綱成を抑えるべく派遣された井伊直盛は迎撃には高所を扼すべきと判断、西光寺に本陣を構えるべく進軍しますが綱成の進撃は想像以上に速く、先鋒はすでに西光寺に達していました。地黄八幡と恐れられた猛将綱成は全軍が揃うのも待たずに眼下の井伊勢を強襲して一方的に打ち破り、直盛もあえなく討死します。綱成はガラ空きになった今川軍の背後を突くべく進撃します。

牧之原での決戦
義元が心中の迷いを打ち払って決戦に打って出ようと決断したまさにその時、機先を制したのは信玄でした。浅利信種の西上野衆を加えた真田幸隆率いる信濃先方衆1万が、見延道から東海道へ出て大井川を渡り牧之原北方に現れたのです。信玄はこの時を待っていました。すぐさま山県昌景率いる別働隊に大井川下流を渡河させて挟撃を狙います。全ては義元の大軍を分散させて本陣を手薄にするための策略でした。義元は朝比奈信置を真田勢の迎撃に向かわせますが、そこへ山県勢の強襲を受けて混乱します。信玄は機が熟したと判断、本隊に大井川を渡らせて牧之原台地に攻め上らせます。後手に回った今川軍は防戦一方となりますが孕石元泰らが奮戦、後退しながらも陣の立て直しに尽力するものの、ここで背後に綱成勢が出現したことで大勢が決します。義元の本陣にも危険が迫り、馬廻衆も多数討死しますが元泰は自らの馬に義元を乗せて突破を図ります。しかし綱成勢に阻まれ万事休すと思いきや、本隊の危機を知って急ぎ戻ってきた信置が危地を切り開いて義元は何とか掛川城にたどり着くことができたのです。結果的に元泰・信置とも身代わりになって命を落とすことになります。
完敗でした。九死に一生を得た義元にさらなる衝撃的な知らせがもたらされます。曳馬城が落城していたのです。

氏真遠江を脱出
朝比奈泰朝が東進するのを尻目に秋葉街道を南下した秋山虎繫は曳馬城に殺到、城主飯尾連龍は衆寡敵せず自刃していました。義元は西への退路を断たれたわけです。彼は今川家の断絶を避けるため氏真を高天神城の小笠原氏興のもとに送り、今川水軍の拠点がある浜の浦から海路脱出させることにします。駿河湾こそ北条水軍に抑えられてはいるものの、遠州灘は波荒い難所ですから容易に手出しはできないでしょう。僅かな供回りとともに氏真は脱出に成功しますが、義元は後詰のない籠城戦を強いられることになります。一縷の望みは京からの救援だけです。将軍義輝はどのように対処するのでしょうか?

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戦国時代

Posted by hiro