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零戦の栄光と落日

1939年4月1日、日本海軍が誇る零式艦上戦闘機が初飛行しました。当時の世界水準を超える高性能で連合軍パイロットを恐怖のどん底に陥れた傑作機が、開戦時に空の王者だったのは紛れもない事実です。零戦といえば軽快な運動性で格闘戦に持ち込めば無敵という印象が強いですが、最大の強みは長大な航続距離だったでしょう。太平洋戦争序盤の快進撃を支えた原動力になったのは疑いなく、海軍が対米開戦へと舵を切った理由の一つには零戦の存在が大きかったのではないかとさえ思います。

零戦の出現は連合軍を大いに驚かせましたが、決して対米英用の秘密兵器だったわけではありません。そもそも長大な航続距離が求められたのは、中国奥地へ護衛戦闘機無しで爆撃機を送り込むことで損失がのっきぴならない数まで増加したことが原因です。初陣からの1年間で確認できるだけでも99機を撃墜し空戦での損失なしという圧倒的な強さを見せ、その存在は米本国にも報告されていましたが、驚くべきことに上層部は「理論上あり得ない」と無視してしまったのです。これは有色人種に対する偏見が原因でしょうね。日本人は模倣は得意だが、そのような高性能機を開発できるはずがないと。太平洋戦争が始まってからも米極東陸軍司令官ダグラス・マッカーサー中将は、フィリピンに襲来した日本軍機を空母艦載機と信じて疑わなかったことが彼の日誌から明らかです。やはり零戦のみならず日本軍ひいては日本人を過小評価していたのは事実と思われます。つまりパイロットの技量についても完全に見くびっていたのです。

太平洋戦争序盤における零戦の圧倒的優位は機体の優秀さもさることながら、パイロットの腕による部分が大きいと思います。より旧世代の戦闘機である米海軍のブルースターF2A「バッファロー」や陸軍のベルP-39「エアラコブラ」英空軍のホーカー・ハリケーンに対しては、ほぼ一方的な戦果を上げていますが、同世代機と言える海軍のグラマンF4F「ワイルドキャット」(F2Aと次期主力艦上戦闘機の座を争って敗れましたが、興味を持った海軍の命で開発が継続されていました)や陸軍のカーチスP-40「キティホーク」は善戦しています。零戦5機を撃墜して第二次世界大戦初の米軍エースとなったボイド・ワグナー中尉のように、性能差や機体の特性を理解し長所を最大限生かす戦い方ができれば対抗できたのです。これは米新鋭機が続々登場して零戦の優位性が失われた戦争終盤においても、歴戦の熟練パイロットはしばしばこれらの相手を撃墜していることからもわかります。要するに機体の性能を十二分に引き出すことが重要で、スペックの優劣よりもパイロットの腕が勝敗を分けるということです。例えば私のような並のドライバーがフェラーリやポルシェに乗っても、F1ドライバーが駆るフォルクスワーゲン・ゴルフにおそらく勝てないのと同じですね。

とはいえ、そのような熟練パイロットが戦争の長期化につれて徐々に失われていくのは自明の理です。一夕一朝に養成できるものでないのも当然で、質量ともに圧倒されていくことになります。その原因は二つあり、一つは人命軽視もう一つは基本的な工業力の不足です。日本は陸海軍問わず格闘戦に強いことこそ最重要とする軽戦志向が根強く、軽量化のために防弾装備を軽視していました。これは上層部だけでなくパイロットが軽快な運動性を何よりも求めたことも要因です。つまり攻撃こそ最大の防御という考え方です。ギリギリまで軽量化を図った零戦の設計には拡大発展させる余裕がなく、これは後継機十七試艦上戦闘機烈風の開発遅延が明らかになった段階で大きく影響しました。日本同様伝統的に軽戦重視だった英空軍が、やはり翼面荷重の低いスーパーマリン・スピットファイアの設計に余裕があったため新型機を開発せずとも重戦への転換をスムーズに行えたのと対照的です。確かにヨーロッパの戦場とは違って大海原で撃墜されれば例え脱出できても生還する確率は低いですし、生きて虜囚の辱めを受けずという教育が徹底されていた帝国軍人が生存率を高めることには無頓着だったとしても不思議ではないですが、防弾装備がないことがパイロットの損耗を早めたのは間違いないでしょう。全て時代遅れの軽戦志向にとらわれた結果です。

また工程の多さも問題だったでしょう。当時の日本が持つ技術の粋を集めた傑作機の工程は、本来大量生産には不向きなものです。ただでさえ高い工作精度が求められるにもかかわらず、戦局の悪化で熟練工すら徴兵せざるを得なくなり、学徒や女性の手に委ねるほかなかったことが部品の粗製乱造に繋がりました。開戦時には備蓄があった高オクタン燃料も底をついて低オクタンのものしか手に入らなくなったこと、さらには本土爆撃の激化で工場が疎開を余儀なくされたことも相まって、性能劣化と稼働率の低下を招いたのです。均一な部品を大量生産できない基本的な工業力の欠如がもたらした必然と言えるでしょうね。どう考えても資源(人的にも)と工業力に代表される国力がアメリカと戦争するには乏しすぎたのは明白で、にもかかわらず開戦に踏み切ったことに驚きと恐れを禁じ得ません。

それでも開戦時零戦とそのパイロットが世界最強だったのは間違いないでしょう。太平洋ではカモ扱いされたF2AやP-39がフィンランドやソ連で大活躍した事実からも、おしなべて航空戦のレベルは欧州大陸よりも太平洋戦線のほうが高かったと言えます。

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近代

Posted by hiro