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マイティー・フッド

1941年5月24日、通商破壊作戦実施のため大西洋への進出を図るドイツ艦隊と、これを阻もうとするイギリス艦隊が交戦しました。所謂デンマーク海峡海戦です。ここで英側は巡洋戦艦「フッド」を撃沈されるなどして撤退、勝利した独側も戦艦「ビスマルク」の燃料が損傷により流出し始めたことで作戦を断念、フランスに向かう途中で捕捉され沈没することになります。

「フッド」の喪失はイギリスに大きな衝撃を与えます。第一次世界大戦中の設計ながら「ビスマルク」の登場までは世界最大の軍艦であり、その優美な艦容もあって国民からも「マイティー・フッド」と親しまれる大英帝国の象徴だったからです。日本で言うなら「長門」に当たるでしょう(大和型は秘匿されていたため) 怒りに燃えた英海軍は過剰反応と思えるほど「フッド」の敵討ちに総力を挙げ、「ビスマルク」は華々しい戦果と引き換えに自らの寿命を縮めることになったのです。

「フッド」喪失に至った原因を、艦隊を率いたランスロット・ホランド中将の判断に求める意見があります。それは
1 防御力に劣る巡洋戦艦である「フッド」を先行させたこと。
2 急速な接近を図ったため、前部砲塔しか使えない体勢で砲戦に及んだこと。

です。しかし、1についてはホランド中将の任務は独艦隊を大西洋に出さないことが第一であることを考えると理解できます。デンマーク海峡は英空軍の行動範囲外であるうえ、荒天ともなれば捜索は困難を極めるでしょう。哨戒部隊が触接に成功しても、それを維持できるとは限りません。つまり、どのような彼我の距離及び位置関係で発見できるか不透明である以上、逃げ切られる事態を避けるには優速な「フッド」を先頭にするという判断は誤りとは思いません。

2については他の選択肢があったとするなら、とりあえず戦闘を回避して既にスカパ・フローを出撃している本国艦隊旗艦「キング・ジョージ5世」を擁する司令長官ジョン・トーヴィー大将直率の艦隊とで挟撃を図ることだったでしょう。しかし「フッド」に加えて「キング・ジョージ5世」の姉妹艦である「プリンス・オブ・ウェールズ」も与えられたホランド艦隊の火力は独艦隊を凌駕するものです。これだけの戦力がありながら、そんな消極的な作戦を取るはずはありません。見敵必殺をモットーとする英海軍ですからね。となれば、砲術の専門家であり「フッド」最大の弱点が水平防御にあることを熟知していたホランド中将が、一刻も早く距離を詰めようと図るのは自然な成り行きです。

実際「フッド」が致命的な一発を食らったのは約14kmまで接近した時点ですから「ビスマルク」主砲弾の落角は10度ほどになっていたはずで、甲板や主砲塔天蓋を貫通される距離ではありません。戦闘開始から轟沈までの8分間に重巡「プリンツ・オイゲン」の主砲弾が命中して火災こそ発生していたものの、ある意味ホランド中将の目論見が大きく外れていたわけでもないでしょう。そこで満を持して全火力を発揮できるよう左に回頭し始めたところで艦中央部を襲った砲弾が弾薬の誘爆を引き起こしてしまったわけです。

私が思うに、もしホランド中将にミスがあったとするならば、それは先頭を走る「プリンツ・オイゲン」を「ビスマルク」と誤認したことでしょう。それがなければ結果は全く違ったものになった可能性すらあります。ホランド中将は誤りにすぐ気付いて目標を変更したようですが、「フッド」は暫くの間「プリンツ・オイゲン」に発砲していたとされています。ということは少なくとも2回、おそらくはそれ以上「プリンツ・オイゲン」を相手にしていたことになります。発射速度を毎分2発として1,2分、そこから目標を修正しての砲撃ですから、このタイムラグを無視できません。応戦した「ビスマルク」の運命的な一撃は第五斉射によるもので、「フッド」が最初から「ビスマルク」を標的としていたなら、より多くの砲撃を浴びせていたことになります。戦闘が始まった24kmという距離は「フッド」の最大射程に近いもので主砲弾の落角は30度以上になるものの、果たして「ビスマルク」の装甲を貫けたかどうかは疑問です。それでも砲塔が直撃弾を食らって発射不能になったり、艦橋に命中して指揮系統が麻痺するなどして戦闘力を損なうことは多々あります。つまりスペックの優劣などは大して関係なく、先に致命的な一撃を与えられるかどうかのほうが重要なのです。ロスした数分間が「フッド」の命運を決めたような気がしてなりません。

悲劇の主人公となった「フッド」に比べて「プリンス・オブ・ウェールズ」は健闘しましたね。就役間もなく乗員の完熟訓練も終わっていないうえ主砲の故障に悩まされていたにもかかわらず、真っ先に命中弾を与えたのですから。結果的には「フッド」の残骸を避けるため進路変更を余儀なくされて独艦隊の格好の標的となったうえ、主砲の故障が相次いだことで継戦能力を失い撤退しますが、この時与えた損害が「ビスマルク」に引導を渡す伏線となったのです。

悲劇の主人公となった「フッド」ですが、その犠牲と引き換えに独海軍の水上艦艇による通商破壊は跡を絶って大型艦は逼塞を余儀なくされる結果となり、積極的な作戦行動をとれなくなります。その意味で戦局に与えた影響は大きく、決して無駄死にではなかったわけです。老齢の元王者が新進気鋭の若手を真っ向から迎え撃って華々しく散ったかのような最期は、日本海軍の戦艦群が活躍の場を与えられずに温存されたことに比べると、最高の死に場所を得たという気がします。「フッド」の美しさを、その散り際の見事さが増幅して鮮烈な印象を残したと言えるでしょう。

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近代

Posted by hiro