「大和」対米新鋭戦艦
実は「ヘンダーソン飛行場」砲撃に戦艦「大和」が出撃する可能性がありました。連合艦隊司令長官山本五十六大将が第三戦隊司令官栗田健男中将に打診したところ難色を示したため、自ら赴くことを示唆したのです。これに栗田中将が折れて作戦は戦艦「金剛」「榛名」によって行われましたが、私は「大和」が参加していたらどうなっていたかに興味を覚えます。この場合「大和」に同道していたのは戦艦「陸奥」だったと思われます。
1942年10月13日に砲撃は成功しますが、日本側が予備滑走路の存在を把握していなかったために飛行場としての機能を完全に削ぐには至りませんでした。これでは実行したのが「大和」「陸奥」でも効果は限定的だったはずで、再度の飛行場砲撃が企画されることになりますが、ここで大きく問題になるのは日本側の編成です。
当時アメリカの最新鋭戦艦である「サウスダコタ」とその前身であるノースカロライナ級の二隻(ノースカロライナ、ワシントン)は南太平洋に存在しており日本側も把握していましたが、実際何隻いるのかは確信が持てなかったはずです。これらと遭遇する可能性を考慮しなければならないのは当然で、私ならば砲撃部隊は金剛型で編成し、「大和」「陸奥」を敵戦艦との会敵に備えて後続させますがどうでしょう? 戦力を出し惜しんで集中運用を怠る日本海軍の悪い癖を考えると可能性は低いかもしれませんが、ガダルカナル島の帰趨が戦局を大きく左右することを山本大将は認識していたはずですから、絶対なかったとは言い切れないと思うのです。さらに「大和」「陸奥」は山本大将が直率するとして、砲撃部隊の指揮を誰に任せるかも鍵になります。史実通り第十一戦隊に任せるのか、前回砲撃に成功した第三戦隊を再度用いるか。どちらも金剛型戦艦です。成功体験のある第三戦隊を外したのには何らかの理由があるはずで、山本大将は栗田中将の用兵に予てから懐疑的だったのかもしれません。ただ第十一戦隊司令官阿部弘毅中将も消極的な指揮で有名だった人物ですから私としては第二艦隊司令長官近藤信竹中将を推したいところです。そこで様々なパターンを考察してみます。
1 砲撃部隊「大和」「陸奥」(山本大将)
2 砲撃部隊「金剛」「榛名」(栗田中将) 支援部隊「大和」「陸奥」(山本大将)
3 砲撃部隊「比叡」「霧島」(阿部中将) 支援部隊「大和」「陸奥」(山本大将)
4 砲撃部隊「比叡」「霧島」(近藤中将) 支援部隊「大和」「陸奥」(山本大将)
1の可能性は低いと思います。さすがに挺身艦隊を連合艦隊司令長官自ら率いるのは幕僚が引き止めるでしょうし、艦隊司令官たちも反対するはずです。万が一のことがあれば「長官を最前線に立たせるとは何事か! 海軍に人はいないのか」と非難されるのは目に見えていますからね。
2と3については大同小異でしょう。栗田中将は後の「レイテ沖海戦」における謎の反転で有名ですが、阿部中将と同じく攻撃精神に欠けるきらいがあり、悪天候を理由に砲撃を諦めたかもしれません。ただ後方に支援部隊が追随しているからには無断で反転するとは思えず、山本大将の認可を得てからということになるはずです。史実同様再反転して突入を図った場合考えられるのは、支援部隊が予定より大きく後方に置き去りにされたであろうことです。二度の反転は少なからず混乱をもたらすでしょうし、低速の「陸奥」に合わせなければならない事情もあります。乱戦に巻き込まれた砲撃部隊を支援しようにも敵味方が入り乱れ識別すら困難な状況では成す術がないです。これを逆手にとって飛行場を砲撃するという手はあります。金剛型に比べて「大和」の砲弾重量は2倍以上、「陸奥」でも1.5倍ですからね。飛行場としての機能喪失にまで追い込めた可能性はありますが、一時的なものだったでしょう。
4は2,3で仮に反転せずそのまま突入した場合と共通します。近藤中将は同時代人の評価こそあまり芳しくないようですが、私は前線指揮官として日本海軍の提督では最高級と考えています。表面愚物にさえ見えながら、武人らしい気魄と闘志を内に秘めた例えるなら「大石内蔵助」タイプの人だったと。彼ならばスコールなどには眉ひとつ動かさずに突進していたでしょう。往路での砲撃を終えるころ或いは反転して復路での砲撃準備に入るまでには米第67任務部隊4群と遭遇することになります。支援部隊は狭い鉄底海峡に同時に突入はせず、敵戦艦の出現に備えるでしょう。闇夜の中15kmに満たない海峡内に4隻の戦艦が突入したところに有力な敵艦隊が出現すれば混乱は避けられず、同士討ちの危険も孕みます。同航戦の場合は史実通りの乱戦になるものの、二度の反転がない以上戦艦が先頭に位置して格好の標的になるという不測の事態は起きません。反航戦ならば敢えて接近戦を挑む必要はなく、アウトレンジに徹して夜戦を得意とする巡洋艦・駆逐艦隊に任せていいでしょう。どちらであっても戦艦の喪失はなかったはずです。とはいえこの第一夜戦の結果、飛行場の機能喪失には至らず戦略目標を達成できなかったからには、日本側がさらなる飛行場砲撃を企てるのは必然です。
日米戦艦の対決は11月14日22時頃、砲撃部隊が約6km先に「サウスダコタ」を発見したことで開始されましたが、そこに至るまでの経過は史実通りとします。つまり「サウスダコタ」はこれに先んじて行われた日本駆逐艦隊との砲戦で電源が落ち、レーダーや射撃管制装置が使用不能になっていました。後方に支援部隊が控えているので、できればそちらへ誘引したいものです。ユトランド沖海戦における英海軍の戦法ですね。しかし右に回頭して同航戦に持ち込むと米艦隊と支援部隊の間に自らを置くことになり、誤射される危険が出てきます。ここはやはりすれ違いざまの反航戦を挑んだ後、反転して追尾する形をとりながら北へ向かわせて支援部隊との挟撃を図りたいですね。
しかしレーダーを持たない砲撃部隊が「ワシントン」の存在に全く気付かず「サウスダコタ」に攻撃を集中していた事実は変わらなかったでしょうから、史実通り「ワシントン」は反撃を受けることなく先頭の金剛型戦艦を葬っていたと思われます。ただ二番艦は「サウスダコタ」が沈黙しているにもかかわらず先頭艦が火だるまになるのを見て、敵戦艦が複数存在することを悟ったはずです。「ワシントン」はレーダーで二番艦を捕捉していたでしょうから、どちらが砲口を向けるのが早かったかで結果は違ったものになったかもしれません。二番艦が少なくとも反転して右同航戦に持ち込むまで戦闘力を失っていなければ、「ワシントン」を拘束しながら支援部隊の接近に望みを託せるわけです。
会敵からここまで20数分ですから、支援部隊がそのまま南下していれば「ワシントン」の後方を通過してしまう位置関係ですが、それ以前に砲戦が行われていることは容易に察知していたはずですし、砲撃部隊からの無線連絡もあったでしょう。右に回頭して「ワシントン」」の進路を遮る形をとります。所謂丁字戦法ですね。「ワシントン」も新たな敵戦艦の出現をレーダーで探知したはずですから、南へ変針して退避を試みるでしょう。金剛型二番艦の進路上には、戦闘能力を失って離脱途中の「サウスダコタ」が現れる可能性が高く、これを「ワシントン」と誤認しそうな気がします。つまり「ワシントン」対「大和」「陸奥」という一対二の殴り合いになります。
夜戦ですから遠距離砲戦にはならず、おそらくせいぜい彼我10km程度での接近戦です。「ワシントン」の45口径40.6cm砲9門対「大和」の45口径46cm砲9門と「陸奥」の45口径41cm砲8門ですから打撃力では圧倒的に日本側有利ですが、レーダー射撃ができるという点では「ワシントン」に一日の長があり、また「大和」「陸奥」とも対戦艦戦闘は初めてですからスペック通りの結果になるとは限りません。これほどの近距離砲戦では仰射角が浅くなり砲弾が甲板や砲塔天蓋に落下することはないので、舷側を打ち抜くか艦橋など上部構造物を破壊するのが目的になります。つまり双方とも安全な距離ではないのです。現に「サウスダコタ」は駆逐艦の砲撃で電源が落ちてますからね。何が起きるかわかりません。そうなると間違いなく言えるのは、スペックなど関係なく先に当てた方が有利ということです。この点ではレーダー射撃ができる「ワシントン」に分がありますが、相手が二隻となるとどうでしょう? ただでさえ劣る火力を分散するのはリスクが大きく避けたいところですが、この辺は彼我の位置関係にもよるので何とも言えません。しかし仮に片方を無力化できたにせよ(おそらく「陸奥」)自身が無事でいられるはずはなく、沈没を免れたとしても満身創痍になったことでしょう。
ボクシングで言えばイヴェンダー・ホリフィールドとリディック・ボウが足を止め、頭をつけ合う接近戦のようなものです。体格やパワー、スピードの違いはさほど関係なく、まぐれであろうと決定的な一打を放ったほうが主導権を握ったのは確かでしょうね。しかし死力を尽くして倒したのも束の間、後にレノックス・ルイスが控えているとしたら… 絶望的な状況です。
この対決は「ワシントン」が「陸奥」を道連れに鉄底海峡に沈んで終わるということにしたいですが、米海軍のダメージコントロールは極めて優秀で、この点では日本海軍を凌駕しています。砲戦終了後に見舞われると思われる駆逐艦の魚雷攻撃も、史実通り酸素魚雷が自爆していた可能性が高く、九死に一生を得る形で帰投できたかもしれません。何れにせよ日本側は米新鋭戦艦二隻を撃沈したと信じ、大本営は華々しく発表したことでしょう。実際には米側は「ワシントン」「サウスダコタ」ともに大破、日本側は「陸奥」と金剛型一隻が沈没、金剛型一隻中破、「大和」が小破といったところでしょうか。結果的に飛行場砲撃はできずに「労多く功少ない」結果と言わざるを得ず、戦局に及ぼす影響は小さかったでしょう。
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