龍馬暗殺
7月19日は原田芳雄さんの命日です。彼の出演作で最も好きなのが1974年の映画『竜馬暗殺』です。子どもの頃父が買ってくれた平凡社の世界大百科事典年鑑でこの映画に興味を持ったものの永らく見る機会がなく、初見はおそらく30台になってからだった気がします。モノクロでザラついた画面を通して現れる映像は、まるで幕末の写真をそのまま動かしたかのように見え、人物や背景を全て猥雑化したかのように効果的です。近年の時代劇のような小綺麗さは皆無で、それが迫力とリアリティーを生み出しています。坂本龍馬と中岡慎太郎の関係も愛憎が入り混じったような微妙な描かれ方で面白いです。
この映画を私は以前の記事で好きな邦画の3位にランクしました。龍馬は幕末のヒーローですから非常に多く映像化されていますが、個人的にここでの原田さんが歴代ベストだと考えています。司馬遼太郎先生の『竜馬がゆく』は何度も読みましたが、その度にイメージするのは原田さんなんですよね。
この映画では暗殺の下手人は薩摩の中村半次郎で、大久保利通の意を受けてのものという設定です。薩摩黒幕説は早くから囁かれてはいたようですが、実行犯は京都見廻組で間違いないでしょう。当事者の証言に一貫性がないことや食い違いがあることなどで信憑性を疑う意見もありますが、年月の経過で記憶が曖昧になるのは寧ろ当然ですし、存命者を庇うという忖度があった可能性もあります。薩摩であれ紀州藩であれ動機はあったにせよ直接関与したという証言や記録が未だにない以上、見廻組説を覆す根拠はないと考えます。ただ武力倒幕派の過激分子が手引きした可能性はあると思いますが、何れにせよ非業の死を遂げることになった要因は龍馬自身にあったでしょう。大政奉還が成り、もはや存在意義のなくなった幕府に自分を斬れるほどの胆力を備えた人物はいまいという油断が招いたものと考えます。
実際近江屋2階で何が起きたのかについては想像の域を出ません。映像作品では突然乱入したか、面会を装い油断を誘った上でのことかに分かれますね。本郷和人先生は龍馬が北辰一刀流の免許皆伝なのは襲撃側も重々承知のことなので、面会時に自分の右側に刀を置いた。右利きならばそのまま抜き打ちはできないので龍馬は油断したが、刺客は左利きだったので応戦する暇なく斬られた、よって犯人は新選組の斎藤一であると唱えています。しかしこれはどうでしょう? 掛け軸に付いた龍馬のものとされる血痕は左から右に走っているように見えます。これは刺客が左側に刀を置いていたことを示唆します。本郷先生はそれでは龍馬は油断しないので斬れなかったと言いますが、襲撃側も当然手練れが揃っているわけですから刀を引き寄せる僅かな時間が致命的とは思えません。何しろ刀身を鞘ごと削り取るほど凄まじい斬撃の持ち主です。それに龍馬も中岡も刀を手元に置いていなかったのは確かなようですから、仮に抜き打ちを察知できても有効な反撃は不可能だったと思います。
私としては従僕で元相撲取りの山田藤吉が倒れていたのが階下だったことから考えて、面会後ではなく突然斬り込んだと思います。藤吉が斬られて発するかもしれない叫び声や物音を感じて龍馬が身構えるかもしれません。そうなったら手強い敵であるのは明らかですから、間髪入れずに突入するしかないです。私ならそうします。希望的観測に基づいて行動するなどあり得ません。
『竜馬暗殺』では路線対立から龍馬と中岡が刃を抜いて対峙する場面があります。状況的に考えて二人が近江屋で斬り合ったとは思えませんが、そうなってもおかしくない情勢だったかもしれません。もしこの日に刺客が現れていなかったら、本当に彼らは斬り合いになっていたかもしれないと勘繰るのは私だけでしょうか?
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