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悲運の撃墜王

2025年11月24日

1941年11月22日、スペイン内戦と第二次世界大戦で115機を撃墜した当時のドイツ空軍トップエース、ヴェルナー・メルダースが事故死しました。航空機総監であり第一次世界大戦で62機を撃墜したエース、エルンスト・ウーデットの国葬に出席するため前線からベルリンに向かう途中、悪天候にエンジントラブルが重なって搭乗していた輸送機が墜落したためです。メルダースは史上初の100機撃墜を達成した英雄であり、その戦死を恐れた首脳部の判断で戦闘機総監に任命されて第一線を離れていました。それが、やはり空の英雄だったウーデットとの絡みで非業の死を遂げるとは何とも皮肉です。

メルダースはスペイン内戦において、2機のペア(ロッテ)を2組で運用する「フィンガーフォー」フォーメーションを採用してことで有名です。全方位視野と臨機応変を重視したこの試みは、後年それまで3機編隊を最小単位としていた米英日なども、こぞって採用した事実から有用性が伺えます。さらに「クロスオーバーターン」を衝突のリスクを最小限に抑えたものに改良し、戦闘の柔軟性を向上させました。つまり個人的技量に加えて戦術の開発にも優れた編隊指揮官だったわけです。

メルダースは第二次世界大戦開始からの1年半で54機を撃墜する傍ら2度撃墜されていますが、東部戦線に転じてからの1ヶ月で一方的に33機を撃墜しています。これは当時の英仏空軍とソ連の赤色空軍の機体性能に格段の差があったことを如実に物語っています。メルダースに限らずドイツのトップエースは例外なく東部戦線でスコアを荒稼ぎしており、それはソ連空軍が米英から供給された戦闘機を運用し、さらに独軍機に太刀打ちできる新型機を投入して性能差が縮まってからも変わっていません。ソ連は緒戦で大きな損害を被ったことからパイロットの練度が大きく下がって人的資源の豊富さを生かし空においても人海戦術で臨まざるを得ず、新米パイロットがベテランに成長する暇なく技量に優れたドイツのエースたちに落とされ続けたということでしょう。なおメルダースは戦闘機総監になってからも戦闘に参加して2ヶ月で約30機を撃墜していますが、飛行を禁止されていたこともあって公式にはカウントされていません。

またメルダースはバトル・オブ・ブリテンにおいて南アフリカのエース、セイラー・マランのスピットファイアとドッグファイトを繰り広げ、撃墜こそされなかったものの被弾負傷しています(ジョージ・ウェブスターの説もあり)エース同士の対決は少ないと思われがちですが、そうでもないんですよね。ただ直接対決の結果のみで技量の優劣を決めるのは拙速です。空戦の鉄則は敵より優位(特に高度)を占めることですが、与えられた任務や遭遇するタイミングによっては劣位での空戦も避けることはできません。技量に明らかな差があれば頽勢挽回可能でしょうが、ともに腕に覚えある者同士では容易なことではないはずです。詳細がわからないので何とも言えませんが、勝ったのがマラン(あるいはウェブスター)であることは事実ですから、これはキャリアのハイライトとなる大きな勲章ですね。

それにしてもメルダースほどのパイロットが輸送機で移動中事故死するとは残念です。空のエースが成す術が全くない状況で最期を迎えたわけですから… やはり輸送機に便乗して移動中撃墜された西沢広義飛曹長に通ずるものがありますが、その無念さは察して余りあります。敵のエースと渡り合い、秘術を尽くして戦った結果空に散るなら本望だったでしょうね。

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近代

Posted by hiro