マッキンリーに失礼でしょう
1901年9月6日、バッファローで開催されていたパン・アメリカン博覧会を訪れた際銃撃された後、回復に向かっていた米大統領ウィリアム・マッキンリーの容態が急変、14日に息を引き取りました。暗殺された史上3人目の米大統領です。
マッキンリーは北米大陸最高峰であるマッキンリー山にその名を残しています。植村直己さんが世界初の五大陸最高峰登頂を成し遂げたことと冬季単独初登頂を達成後、下山時に遭難したことで日本でも有名です。そのためバラク・オバマ大統領が名称をデナリに変更したことには違和感を覚えました。山を含む国立公園の名称はデナリであり、アラスカ州民にはデナリのほうが馴染み深いのは事実のようですが、あえて変更する意味を日本人である私には理解できず、共和党だったマッキンリーに対する民主党政権の思惑があったのだろうと勘繰ったものです。ドナルド・トランプが2期目の大統領に就任するやいなやマッキンリーに戻されましたが、それならば何故1期目に実行しなかったのか疑問を感じました。このニュースは日本でも報道され、トランプがマッキンリーを高く評価していることが理由とされていました。自分のプラスになると考えれば節操なく何でも利用しようとするトランプらしいなと感じたものです。
マッキンリーへの正式名称復帰は個人的には喜ばしいものですが、それがトランプによってなされたことには複雑な心境です。声高に「強いアメリカ」復活を叫ぶトランプにとって、米西戦争・米比戦争に勝利しハワイ併合も果たして太平洋を「海のフロンティア」としたマッキンリーは強い大統領の象徴的存在かもしれません。しかし二人の共通点は高関税による保護貿易主義という点くらいしかないんですよね。
そもそも米大統領が「強いアメリカ」を標榜するのは党派に関係なく例外はありません。それは強力なリーダーシップを求める米国民にとって必須条件だからです。どのような方策で実現するかの差異はあっても、理念としては普遍的とも言えます。ジョー・バイデン前大統領の致命傷となったのは老齢と健康問題で、彼の政治姿勢が弱腰だったことはありません。しかし何よりも強さを求められる大統領の激務にあと4年耐えられるのかという疑念を払拭できなかったこと、さらに代役となったカマラ・ハリスが女性だったことがトランプを利したのは間違いないでしょう。やはり政策云々よりも強さという点で不足ありと判断されたのではないでしょうか。ヒラリー・クリントンでさえトランプに勝てなかったことを考えると、女性が米大統領に辿り着くことが如何にハードルが高いか思い知らされた気がします。
マッキンリーが保護貿易を推進したのは事実ですが、現在と状況は全く違います。一般的に共和党は自由貿易主義で小さい政府志向の保守、民主党は保護貿易主義で大きい政府志向のリベラルと見做されていますが、これはフランクリン・ルーズヴェルトが不況からの脱却を図って社会主義的施策を取り入れたニューディール以降形成されたものであり、支持基盤も真逆なんですよね。つまりマッキンリーの時代、共和党は北部の企業家や商工業者の声を代弁する進歩的新興政党であり、従来の既得権益者である南部の大規模農場主を支持基盤とする民主党のほうが守旧的だったわけです。そんな中でのマッキンリー関税は概ね不評だったものの、一時的に国内産業の振興に寄与して第一次世界大戦による特需で随一の経済大国にのし上がる基盤を作ったと言えます。また現代ほどグローバル化が進んでいない段階ですから、その高関税政策が世界に及ぼした負の側面は比較にならないほど小さかったはずです。
マッキンリーの歴史的評価はさほど高いものとは言えませんが、これは彼の暗殺によって副大統領から昇格したセオドア・ルーズヴェルトが人気の高い大統領となったことで相対的に存在感が低下してしまったことが大きいでしょうね。セオドア・ルーズヴェルトは当初マッキンリーの路線を踏襲したものの、次第により進歩主義的スタンスを取るようになって共和党は分裂寸前となります。「スクエア・ディール」と呼ばれる彼の巨大資本抑制と連邦政府強化の試みは民主党が進歩主義的政策に転換する呼び水となり、支持基盤逆転の下地を作ったと言えます。そういう意味でマッキンリーは、リベラルに向かう世界的風潮に棹差した保守的政治家と見ることも可能で、その点においてはトランプと似ているかもしれません。
しかしマッキンリーの人となりはトランプとは全く異なります。コワモテな風貌は如何にも強権政治家の印象を与えますが、そんなことはないんですよね。南北戦争で一兵卒から少佐にまで昇進したのち法律を学び、賃金カットに対して暴動を起こした炭鉱夫の弁護を行って評価を高めた際には、坑夫たちがかき集めた弁護費用を受け取らなかったといいます。さらにはオハイオ州知事時代にも、困窮する坑夫たちの訴えを受けポケットマネーで食料や生活必需品を貨車に満載して送っています。また南北戦争後の大統領ユリシーズ・グラントや、マッキンリー同様オハイオ州から大統領に登り詰めたウォーレン・ハーディングに代表されるように、共和党政権では汚職やスキャンダルが蔓延るのが常ですが、マッキンリーの時代には表沙汰になっていません。これらのことを考えると、マッキンリーはイメージより遥かに清廉で弱者に寄り添う政治家だったのではないでしょうか。「自分ファースト」かつ金の亡者であるトランプが自身をマッキンリーに模しているとしたら、甚だ迷惑な話でしょうね。トランプの歴史的評価が下されるのは先の話ですが、煽りを食ってマッキンリーの評価まで下がる可能性がありますから…
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